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本屋のおっちゃんと亀井勝一郎の文庫本 [家族・友人]

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先日、元・駅前の本屋のおっちゃんと会った時に古本の話になったのだが、その際にインターネットの話になった。今はAmazonというサイトに日本中の古書店が登録しており、古書を探すのに大変便利だと言うと、それならひょっとしたら、ということで本探しを頼まれた。亀井勝一郎という人の『知識人の肖像』という本で、昭和30年代に角川文庫から出たとのことである。

元・本屋のおっちゃんなのに持ってない本もあるんだな、と思って、その日家に帰って早速調べてみると、『著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム』というサイトに「現在出版されている亀井の著書は、彼の全文章の5.8%に相当し、94.2%が死蔵されている」というデータ(*)があった。著者の没後、出版点数が激減した顕著な例として示されているのだ。これは見つからないかもしれないな…と思ってAmazonのページに行きかけると、父が声をかけてきた。

「Y書房のおっさんとこ、行ってきたんか」

父も本の虫なので気になっていたらしい。丁度いいので亀井勝一郎の話をすると、有るかもしれないので探してみるとの事。Amazonのページには行かず、父が戻ってくるのをしばらく待ってみた。

「うちには無いな。今時、亀井勝一郎なんて流行らんやろうから、全集買った方がええかもしれへんな」

唐突に最後のオプションを出してくる父。しかしこれに関しては「角川文庫」と指定があるのである。意を決してパソコンの前に戻り、AmazonのHPで検索することにした。見つかりますように。

「知識人の肖像」で探してみると、20種類の商品が表示された。しかし、どれも亀井勝一郎の著作ではなかった。次に「亀井勝一郎」で調べると、なんと645件がヒット。これはとても全部見ていられない…というより、タイトルで出てこない時点でもう駄目なのだが、万が一のため、両方のキーワードで検索してみた。


「"知識人の肖像 亀井勝一郎"の検索に一致する商品はありませんでした。」


さすがのAmazonでも駄目か。これまではたとえ、どこにも在庫が無い本でも、一応商品として登録されていたのだが。画面に表示された一行を見つめながら、おっちゃんにどう話そうかと考えていたら、何か頭の中でひっかかった。さっきの著作権について書かれたHPで何か見た気がする。もう一度戻って見てみると、謎が解けた。

「…「現代にあらはれた智識人の肖像」「人間教育」など、代表作とされる中でも入手できな
いものが多々ある」(**)

「現代にあらはれた」が頭に付いていて、「知識人」ではなく「智識人」である。おっちゃんのメモにある「知識人の肖像」は正式な題名ではなかったのか。改めて「智識人の肖像」だけで検索をかけると、結果は4商品のみ、そして全て亀井勝一郎の著書だった。しかしここからがまた悩ましい。「現代にあらはれた」という部分はどこにもなく、単に『智識人の肖像』という4冊が並んでいる。しかも、値段と在庫がひどくばらついているのだった。



第一の本。創元文庫、1954年出版、在庫3冊、659円より。

第二の本。角川文庫、1955年、在庫1冊、3970円。

第三の本。文藝春秋新社、1952年、在庫4冊、1260円より。

第四の本。角川文庫、1954年、在庫なし。


おっちゃんから頼まれているのは「角川文庫、昭和30年代」なので、おそらく上から二番目の本だ。しかし値段は4000円近い。それに、角川文庫でも1954年と1955年のものがあるのか。また、なぜ角川が在庫が少なく値段も高いのに、創元文庫の方は在庫が多めで値段も安いのか。自分で考えても解らないので、おっちゃんに電話して聞いてみた。


「ソウゲン文庫? いや、角川文庫やったと思うんやけど…え? 四千円? しかも残り一冊やって?… そうか…そのソウゲン文庫っていうのは送料込みでなんぼ? 910円? えらい値段の差やねえ…」


話しながら、おっちゃんが悩んでいるのがよくわかった。しかし、さすがは本のプロ、決断は早かった。


「それやったら、そのソウゲン文庫の方、注文してもらってええですか」


意外な答えだった。筆者がおっちゃんと同じ状況に置かれたら、おそらく4000円出しても角川の方を取るだろう。「古い本やから、たぶんそこそこ痛んでるやろう。仮にあかんかってもあきらめがつく値段にしとくわ」とのことであった。

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そして3日経って、筆者の手元に2冊の『智識人の肖像』が届いた。最後におっちゃんが言っていたことが不安になったので、2軒のショップで別々に注文したのである。案の定というか予想通りというか、一冊は最初のページが外れていて、最初の数ページに書き込みが沢山あった。

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しかし、もう一冊の方は奇跡的といってもいいくらいの美品だった。書き込みのある方と違い、ほとんど読まれなかったのだろう。勿論きれいな方をおっちゃんに渡し、書き込みのある方は自分用にすることにした。

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ちなみに内容はというと、「現代文学にあらはれた智識人の肖像」と副題が付いていた。ネットで読んだ記事の「現代にあらはれた」というのは間違っていたわけだ。目次には、間貫一(尾崎紅葉『金色夜叉』)、長井代助(夏目漱石『それから』)、などなど副題の通り、文学作品に登場する「智識人」の名前が連なっていた。これは父の言う通り、今時読みたがる人は少ないだろう。

今朝、家まで取りにきていただいたので本を渡すと、それはもう大興奮で、ページをパラパラとめくり、島崎藤村の『新生』が目次にあることに触れ(おっちゃんは藤村の大ファンである)、再びこちらを向いてこう言った。

「角川文庫の方をね、昔持ってたんやけど、友達に貸したまんまで戻ってけえへんかったんよ。35年ぶりや、なつかしわあ。ありがとうな」

そして恐縮するくらい感謝された後、代金をいただいたのだが、さらにプレゼントとして本を一冊いただいた。おっちゃんの愛する黒沢明の特集本だ。間違って二冊買ってしまったのだという。しかも、袋はなつかしのY書房のものだ。おっちゃんが脱サラして始めた駅前の小さな書店。去年閉店したのに、閉店した気があまりしなかったのが納得できた。お店のシャッターが閉まっても、Y書房はなくなりはしないのだ。

おっちゃんは目をうるませたまま、「えっ!?」と驚くような早さで自転車に乗って、嬉しそうに去って行った。きっと今頃はあの本を読んでいるか、読み疲れて眠っているかだろう。できすぎのようだが、全部本当の話である。

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(文中の引用 (*) (**) は共に丹治吉順「本の滅び方――保護期間中に書籍が消えてゆく過程と仕組み」p.12、2007年、著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラムより)
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