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マザー・テレサが最初にしたこと [読書]

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去年の暮れだったか、沖守弘という人の書いた、マザー・テレサについての本を買いました。恥ずかしながら、マザー・テレサについての本を読むのは初めてだったのですが、なぜもっと早く読む機会がなかったのかと思いました。

わたしがマザー・テレサのイメージとして持っていたのは「キリスト教の尼僧で、インドで大勢の貧しい人を助けた」というもの。決して間違ってはいませんでしたが、その活動の始まりは、わたしの想像力の範囲外でした。マザーがカルカッタで最初に開いた施設は、死んでゆく人々を収容するためのものだったのです。

“HOME FOR DYING”

「道端でではなく、ゴミの山や排泄物にまみれてではなく、どんなに見捨てられた人であっても人間らしい死に方ができるようにと、マザー・テレサは<死を待つ人の家>を作った」(128ページより)

マザー・テレサによると、人間にとって最も耐え難い苦しみは、貧困でも飢餓でもなく、「誰からも必要とされていないと思うこと」だと言います。そのため、死に向かう人々を寝かせ、身の回りの世話をして、話しかけて、とすることにより、「人間らしい死」を迎えられるようにするのがこの施設の目的だったと言います。

ところが、1952年に「死を待つ人の家」がつくられてから、1980年10月までの28年の間に、収容された人の数は40,306人で、うち亡くなった方の数は18944人(28ページより)。驚くべきことに、運び込まれた「死を待つ人々」のうち半数以上が回復していることになります。

もちろん、施設で与えられる屋根とベッド、そして医療と食事が、回復の直接の原因であることは間違いないでしょう。しかし、おそらくそれよりも重要なことは、「もう死んでもいい」「生きていても仕方がない」と思っていた人々が、マザーやシスター達の手当てを受けて、「生きたい」と思うようになったということではないでしょうか。

昨日、震災一周年のテレビで、大阪に非難してきた女性の方がインタビューに答えていました。家にばかり居ても仕方が無いので、ヘルパー2級の資格を取り、働くようになったのだといいます。きっと、家は無くなっても、ご家族は無事だったのでしょう。人に必要とされているから、生きたいと思う。それはとても自然で、かつ尊いことだと思いました。

人を必要とすることも、必要とされることも、ありがたいことだと思い、恥ずかしがらず嫌がらず、堂々と行いたいと思うばかりです。

なおマザー・テレサは「死を待つ人の家」設立の後、孤児を保護し育てる施設や、ハンセン氏病患者が共同生活を送ることのできる村などを設立。1997年に亡くなった後も、彼女の志を継ぐ人々によって世界中で複数の施設が運営されています。


マザー・テレサ あふれる愛 (講談社文庫)

マザー・テレサ あふれる愛 (講談社文庫)

  • 作者: 沖 守弘
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1984/06
  • メディア: 文庫


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コメント 6

cecileyvr

Home for dying 知りませんでした。マザー・テレサの映画を見て(確か主演はOlivia Hussey)彼女の活動とゆるぎない祈りの力に圧倒された覚えがあります。
私の好きな彼女の言葉は
We cannnot do great things on this Earth, only small things with great love.
by cecileyvr (2012-03-13 12:20) 

管理人K(3X歳)

>>Cecileさん
オリヴィア・ハッセーの映画、わたしも見たいです!

わたしはこの本を一冊読んだだけですが、巨大なエネルギーと、揺るぎない信仰を持った方だったことが強烈に伝わってきます。名言も数多く、他の方の書いた本もぜひ読んでみたいと思います。

by 管理人K(3X歳) (2012-03-13 22:41) 

Reika

「人は人のために生きている」・・・確か瀬戸内寂聴さんが仰っていましたね。
マザーと寂聴さん、同じ意味のことを言っているのは、これが(宗教ではなく)、普遍的な真理だからなのでしょう。
私は高校で沖さん(ちなみに同級生のお父様でした)が編集したマザーのミニ映画を見ました。今よりもーっと貧しくて汚いインドの街の中で、見捨てられた人のために献身的に働いているマザーとシスター達が輝いて見えました。みんな見て泣いていました(T_T)
知り合いの神父さん(六甲学院勤務、神戸在住)が、マザーテレサを広める活動をしています。ブログやツイッターもあるのでよかったら覗いてみてください。
http://d.hatena.ne.jp/hiroshisj/
https://twitter.com/#!/hiroshisj
by Reika (2012-03-16 17:06) 

管理人K(3X歳)

>>Reikaさん
「人は人のために生きている」ですか。どちらも、信仰を持ちながらも、その枠組に囚われない方々のようですね。

沖さんのご子息と同級生だったのですか!
沖さんがマザーを追うため他の仕事を失い、家計が逼迫した時にあ「ぼくは大きくなったら、月給をきちんともらえるサラリーマンになりたい」(228ページ)と日記に書いて、沖さんを愕然とさせたという…
献身的に働いているマザーとシスターたちが写っていたということは、おそらく後期の撮影ですね。ご本人曰く、最初は悲劇的なシーンにこだわり過ぎていたというので…あ、リンクありがとうございました。またじっくり見てみます。
by 管理人K(3X歳) (2012-03-17 09:52) 

Reika

たびたびの投稿ですみません。
私が同級生だったのは、沖さんのお嬢さんです。(数年前の学年会で会ったら、すっかり韓流オバサンでした。)

私が高校生だったのはかなり前のこと(汗)なので、初期のドキュメンタリーなんだと思います。確かに映像の中には亡くなる方(翌日の空のベッドが映る)や、ハンセン氏病の方が出てきますが、どちらかというと悲劇的というより淡々とした感じを受けました。
ちなみに私の高校はキリスト教系ではありません。そのときは「沖さんのパパが上映&講演に来た!」という感じでした。その後で、マザーがノーベル平和賞を受賞して有名になったので、「ウチの高校って時代を先取りしてたんだなぁ」など、ミーハーなことを考えていました。
by Reika (2012-03-17 12:45) 

管理人K(3X歳)

>>Reikaさん
お嬢様がいらっしゃったのですね。著書の最後をよく見ると「ふたりの子供」とありました。失礼しました。

むむむ、淡々とした感じ、ですか。映像と写真ではアプローチが違ったのかもしれませんね、そして、ノーベル賞受賞前の出来事だったとは。いやいや、ほんと時代を先取りしていたと思いますよ。
by 管理人K(3X歳) (2012-03-18 18:17) 

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